サンタクロースのモデル、聖ニコラウスの墓がトルコ・アンタルヤで発見される?!

サンタクロースのモデル、聖ニコラウスの墓がトルコ・アンタルヤで発見される?!

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なんと、サンタクロースのモデル、聖ニコラウスの墓が発見されたというニュースが飛び込んできた。トルコの考古学者たちが、古代の教会遺跡の地下で墓を発見し、それこそが聖ニコラウスの墓であると主張しているのだ。

 

約1,600年前のものと思われるその墓は、トルコ南西部のアンタルヤにある聖ニコラウス教会の地下で見つかった。このアンタルヤ県デムレにある教会は、サンタクロースが誕生した場所として広く信じられている。考古学者たちがレーダー探知機などで電子調査をした際に、教会と地下の間に空洞があることがわかり、そこに秘密の墓があることを発見したのだ。

 

 

 

アンタルヤの記念建造物を管理する機関の長であるセミル・カラハラム氏は、トルコメディアのHurriyet Daily Newsに対し、「この聖廟は全くの無傷でそこにあると思われますが、床にモザイクタイルがあるため容易にはたどり着けません。」と語った。

 

考古学者たちは、今後個々のモザイクタイルを剥がす作業に取り掛かる。

 

 

聖ニコラウスは4世紀頃にミラ(小アジア南西部のキュリア地方にあった古代都市で、現在のトルコ・アンタルヤ県デムレ)に住んでいた司教である。裕福な家庭に生まれたものの、両親を早くに亡くし、その遺産を受け継いだ。

 

司教は非常に寛大な人であり、受け継いだ金の殆どを貧しい人々に分け与え、困っている人には贈り物を与えた。それがサンタクロース神話の元となった。また、聖ニコラウスは子供たちの守護聖人でもある。

 

聖ニコラウスがサンタクロースして知られるようになったのは16世紀頃からだ。北欧のプロテスタント改革の頃、中世の古い物語に出てくる「クリスマスの父」または「クリスマスの老人」と呼ばれた、クリスマスの頃に子供たちにプレゼントを配達する役割を担う人がいた。

 

クリスマスに子供たちにプレゼントを贈る習慣は瞬く間にヨーロッパ中に広まり、ドイツでは「クリスマスの父」が「クリスキンド」として知られるようになっていった。
その後、この習慣がアメリカにまで広がった際に、「クリスキンド」は「クリスクリングル」として知られるようになった。

 

ところが、オランダの入植者たちがアメリカに移住した頃に、聖ニコラウスの話も一緒に伝わり、そのうちこのクリスクリングルと聖ニコラウスが混ざった結果「シンタクラス」またの名を「サンタクロース」となったのである。

 

今回発見された墓が本物の聖ニコラウスの墓だと証明されれば世紀の大発見となろう。
今後の調査結果が出るのを楽しみに待ってみたいと思う。

 

【ソース:Daily Express