外界との接触を一切拒否し続け、近づく者を容赦なく攻撃する部族:センチネル族

外界との接触を一切拒否し続け、近づく者を容赦なく攻撃する部族:センチネル族

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インド洋東部アンダマン諸島に浮かぶ北センチネル島に住む先住民センチネル族をご存知だろうか。彼らは2004年スマトラ沖地震で発生した津波の後、支援物資を提供しようと低空飛行を試みたヘリコプターに槍を投げつけた写真で注目を浴びた部族だ。

 

センチネル族は、深い森林に覆われた、ニューヨークのマンハッタン程の大きさの北センチネル島に住んでいる。彼らは約6万年前からここで暮らしていると推測されているが、外部との接触を一切拒否しており、島に近付く者は容赦なく襲撃してくる。2006年には、北センチネル島近辺で密漁をしていたインド人漁師2名が、船上で寝ている間に島に流れ着き、矢を射られ殺害されるという事件が起きている。

 

センチネル族について知られていることの殆どは、矢が届かない安全な距離から船で観察した内容をまとめたもの、または数少ない、短時間の接触を許された機会にココナッツの実を渡した際に得られた情報のみで、多くは謎に包まれている。人口についても50~400人程度とはっきりしていない。彼らの言語、習慣、島の環境など詳しいことはほとんど分かっておらず、そもそも彼ら自身が彼らを何と呼んでいるのかさえわからないのだ。

 

センチネル族は、狩猟、採集、漁など原始的な生活を送っていることが分かっている。同じアンダマン諸島に住む部族ジャワラ族と違い、非常に細長い、両足を入れるのもやっとなのではないかと思うほどのカヌーを持ち、それを使って漁を行っているようだ。あまりの細さと竿のような棒で漕ぐ不安定さから、浅瀬でしか使用できない。

 

女性は腰、首、頭に細い繊維状の紐を巻いている。男性も頭と首に紐を巻いているが、腰には女性より太いベルト状のものを巻き付けている。そして男性はみな槍や、弓矢を持っているのだ。

 

 

一般的に「石器時代」の生活を維持する部族などと呼ばれるがそれは正確ではない。全ての人類同様、彼らの生活も様々なものを取り入れ、変わってきているのだ。例えば、現在彼らは浜辺に打ち上げられた物や島近辺の沈没船から拾ってきた金属を使い、鉄は鋭く研がれ、槍の際や矢じりとして使用されている。

 

そんな原始的な生活を送るセンチネル族だが、遠くから観察限り彼らは非常に健康的で、繁栄しているように見える。島の岸辺には誇り高く、強く健康的な男性が警備するように立ち、時には大勢の子どもと妊娠した女性の姿も見受けられるのだ。

 

 

 

センチネル族が外界との接触を拒否する理由

1800年代後半、イギリス人のM.V.ポートマンらがセンチネル族と接触するために大人数のチームで島に上陸した。その際に発見した老夫婦と数人の子ども達を「科学的興味」と称して彼らをアンダマン・ニコバル諸島最大の都市ポートブレアに連行したのだが、夫婦はすぐに病にかかり死亡。子供たちは複数の贈り物を持たされ、島に帰された。

 

その結果、当時どれだけのセンチネル族が病に感染したかは不明だが、間違いなく連行された子供たちはそれまで島に存在しなかった病原菌を持ち込み、その結果は悲惨なものだったと想像される。この経験が、センチネル族が外界との接触を一切拒否し、外の人間に対して攻撃的な姿勢を貫き通す理由なのかもしれない。

 

1970年代になると、インド政府は部族と友好的な接触を試みるため数回に渡り北センチネル島を訪れるようになる。その中で、生きた豚と人形を贈り物としてビーチに置いたこともあったが、センチネル族は豚を槍で刺すと、食べることなく埋めたという。
1980年代に入るとさらに頻繁に接触を図るようになり、ココナッツやバナナ、鉄などの贈り物を届けてみた。まれに友好的な態度を見せることもあったが、多くの場合、贈り物を森に運び入れたあとは、接触チームに対し矢の雨を浴びせたらしい。

 

1991年、突破口と見られる出来事が起こった。北センチネル島を訪れた接触チームに対し、贈り物を降ろすようにジェスチャーで指示し、初めて武器を持たずに近付いてきたのだ。しかも、自ら水の中に入り船に近付き、ココナッツを降ろすのを手伝ったというから驚きだ。
ところが、この友好的な接触は長くは続かなかった。贈り物を届ける活動は数年続いたものの、彼らの態度は突如また攻撃的に変わり、接触チームに対し矢を放ち、一度は石斧を使って船を攻撃してきたこともあったのだ。この突然の態度の硬化の理由は知る由もないが、何度か外の人間と接触するうちに、あるいは数名の島民が病にかかって亡くなったのかもしれない。

 

 

センチネル族との接触を諦めたインド政府

1996年に定期的な贈り物を届けるミッションは停止された。多くの政府関係者が、健康で満足した生活を送り、約55,000年間自力で繁栄してきた人々に接触しようとすることに疑問を持ち始めていたのだ。こちら側が友好的接触だと思ってきたものは、偉大なアンダマン諸島のこの部族にとっては悪影響しか与えていなかったのだ。

 

その後、2004年スマトラ沖地震の津波の後、インド政府は安全な距離を保った場所から島の様子を2度確認したが、部族に大きな被害はなく、人々も健康そうに見えたため、これ以降センチネル族への干渉をしないことを決定。また、インド海軍は北センチネル島沿岸の5km以内に近付くことを違法とした。

 

彼らの極端に外界から隔離された生活は、彼らが免疫を持たない外界では一般的な疾病に対して脆弱にさせている。つまり、彼らに接触することは、一歩間違えれば部族の破滅を招く可能性があることを考えても、彼らの隔離された生活をそのまま続けさせるのが一番なのかもしれない。

 

 

【ソース:Survival International