ハリウッド映画等の描写のおかげで、ブードゥー教はおそらく世界で最も誤解されている宗教の一つであろう。ブードゥー教の描写の大部分は、動物の生贄を差し出し、邪悪な呪文を唱え、人形を使って他人を傷つけたりする、闇のミステリアスな宗教を示している。しかし、それは真実からは程遠く、ブードゥー教の背景を知ればテレビに映し出される描写が間違っていることを知ることになるだろう。今回はそんなブードゥー教の知られざる10の真実をお届けしたい。
1.ブードゥー教には3タイプある
ブードゥー教にはそれぞれ異なる地域から影響を受けた主に3つのタイプが存在する。
「西アフリカブードゥー」:今でもガーナやベナンを中心に3千万人以上の人々によって慣行されており、儀式と信念は広範で、他のタイプのブードゥーを形作った外部の影響をほとんど受けていない。
「ルイジアナブードゥー」:名前からも分かる通り、主にアメリカの南西部とルイジアナ州で慣行されている独特のブードゥー教。西アフリカのブードゥーから引き継がれたが、現在の形式はスペインとフランスからの入植者、そしてクリオール人の慣行の影響を強く受けた。
「ハイチブードゥー」:ハイチで慣行されているハイチブードゥーは、フランスとキリスト教の影響を大きく受けたものである。
2.キリスト教との大きな類似点
一見すると、悪魔憑き、霊感、そして祖先の礼拝などを中心に、キリスト教とはほとんど関係がないと思われる。しかし、実は大きな類似点があるのだ。ルイジアナとハイチのブードゥー教の場合、多くのキリスト教の伝統、信念、聖人がこの柔軟な宗教に組み込まれている。精霊はブードゥー教の実践の中心であるが、人物としてキリスト教の聖人も数多く登場する。
アイーダ・ウェド(Aida Wedo)は聖母マリア、扉や街道、運命の支配者とされる神格レグバ(Legba)は聖ペテロの鏡像である。ブードゥー教では信者と繋がる重要な精霊のことをロアと呼び、地域によっては、各ロアの象徴であるカトリック聖人の名においてそれを呼び出すことが可能とされている。また、西アフリカのブードゥー教では、一人の至高の神が全てを支配するという非常にキリスト教的な信念がある。
3.カトリック教会によって承認されている
実際、ブードゥー教とキリスト教間の類似点は非常に多く、両者の間に敵意はなく、多くの地域で平和的に共存している。かつてはブードゥー教の実践者でありながら同時に洗礼も受けた人がブードゥー教の儀式に参加することで教会に影響を及ぼすと言われたこともあったが、現在は両宗教の祭司たちがブードゥー教発祥の地であるアフリカに平和と繁栄をもたらすため、協力している。
実際、教皇ヨハネ・パウロ2世は、自身が抱くブードゥー教実践者に対する尊敬の念について、彼らの習慣、教え、信念に内在する「根本的な善性」を認めていると語っている。教皇は、1993年にブードゥー教の式典にも出席し、正反対のように見える両宗教の好意的な共存を促した。
4.ブードゥー人形
ブードゥー人形は、通常描かれているよりも複雑である。ブードゥー人形は、実際に人形に起きたことが、その人に起きるという意味で、人を象徴している訳ではないのだ。
それよりも、人形は通常その人物の写真や、その人物と密接な関係がある物、例えば一房の髪などを添付することでその人物と関連づけられているだけである。
(人形によく見られる針は、一般的に相手に痛みを与える手段だと信じられているが、実際は単にこれら個人を象徴する物を人形に添付するのが目的である)
目的にもよるが、その他のものも通常人形に追加添付される。ニンニク、花びら、香水、またはお金なども添付できる。その人物への直接的なメッセージとしてではなく、関係者の願いを精霊にアピールするために。ブードゥー人形は多様な目的で使用されるが、多くは善意的な目的である。ブードゥー人形そのものは悪魔的でも闇のものでもなく、他の宗教的な象徴同様、それを使う人間によって闇のものとされる場合があるというだけだ。
5.マリー・ラビュー
マリー・ラビューはブードゥー教に最も関連のある名前の一つである。その結果、彼女は超現実的で豪傑な存在として認識されている。確実に分かっていることでさえ、議論の余地がありそうだ。彼女は私生児として生まれた。彼女の最初の夫は謎の失踪をしたが、2人目の夫との間には15人の子供をもうけた。そのうちの一人、マリー・ラビュー二世は母親の後を継ぎブードゥー教の司祭となった。母と同じ名を持つ娘の存在が、母親のマリー・ラビューが通常の人間より何十年も長生きだったという噂を生んだようだ。
マリーは、人々のカウンセリングをしたり、グリグリというお守りを販売するほかに、髪結いでもあった。これが彼女をニューオーリンズの権力者たちの一部と密接な関係を持つことに繋がり、彼らのカウンセリングをすると同時に市内の様々な秘密な内部情報を得て彼女自身の立場を強固なものにしていったようだ。実際彼女がどれだけの権力を持っていたのかは長年議論されているが、議論の余地がないのは彼女の公演や儀式によってブードゥーが一般の目にさらされる機会が増えたということである。
また、彼女には同じ市内に住む人々への無私無欲の概念があった。ホームレスや飢えに苦しむ人、病気の人を支援する彼女の活動については多くの記述がある。今日でさえ、ニューオーリンズを訪れた人が、彼女が埋葬されているとされる場所へ供え物をし、彼女の支援を祈る姿が見られる。
【ソースːLISTVERSE】
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