【第1回】私、村神徳子について

【第1回】私、村神徳子について

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【第1回】私、村神徳子について

村神徳子と聞いて、誰だ?と思う読者が多いと思う。自己紹介がてら私の体験話をつらつら書いていこうと思っている。

私は基本的に作家で歴史研究家。作詞作曲の音楽制作も行うプロデューサーでもあるが、これはまた後ほど書こう。

私は2016年に「広島の怖い話」でデビューし、「東北の怖い話」と「北海道の怖い話」が出版となっている作家だ。4月にはシリーズ4作目になる「熊本の怖い話」も出版予定。ぜひ読んで頂ければわかると思う。

ホラー作家としてそういった心霊現象類が強いと思われているのか、様々な方が私に寄ってきて下さる。

私を好きになって寄ってくる方の大半は霊能者で、残りは怖がり屋とスピリチュアル信仰者だ。先生と寄ってきて下さるのは大変嬉しく、その意に報いたいと思う。

 

私自身も別のサイトで「占い」稼業もやっている。これは私自身の能力だけでやっていて共著者がいるわけではないので、私が感じたままの自由に意見が言える場としては、非常に興味深い。
と、書くと、みんな大体言う「霊感があるのか?」「霊は見えますか?」しまいには「御祓いしてもらえますか?」と。

お祓いに関して言うと、私には能力高い霊能者数名と、生業としている霊能者が私を助けてくれている。
時折私が相談したり、向こうからパワーを送ってもらったりするので、霊のお祓いはそれで済んでいる。

また、幽霊は見えない。近くに立ってますよ~とは言われるが、目の当たりにできたことはないので、見えないとしている。だが、霊気は感じるので全く無い訳ではない。

占いも方程式の中で答えるようなものと、イメージが湧いて相手に告げるものの2つをやっている。挨拶と顔をみればその人の運気がわかるのは、能力というよりも経験値だ。まあ、勘も冴えるので、そこは私独自の能力だろう。

霊感商法ではなく、数回話すと大体その人の性質や持っている本能みたいなのが見える。顔を見るより、書いてもらうことで性格もわかりやすい。

 

 

お祓いの先生に会うと、私がいると悪霊が逃げると言われる。地縛霊や浮遊霊は私には見えないが、私が背負っている守護霊や先祖の強力な霊がたちどころに退散させるのだとも言う。

 

そんな頃、ある霊能者に聞いたことがあった。

ちょうど2作目「東北の怖い話」を書き終えた時、共同代表の人間と袂を分かつことになった。それまでとてもいい人で楽しく過ごしたのが、手のひら返すように、私の人間性を否定してきたので、悪霊が彼女に憑いたのかと思ったほどだったからだ。

また、世に本が出るとなると、気負いも変わる。作家が孤独と言うのは本当で、売れるのかそうでないか、出版社に何て言われるか、親や友人はどう思うか、など1作目の勢いとは違ってくる。特にスピリチュアルな話は避ける方向で書くので、自分の自由な感覚で書くのとは違って制限も出て来る。誰も書くのを手伝わないし、評価ばかりが頭に残る。

 

そのとき言われた。

「あなたには体半分『邪気』がついている」

「名前に神と徳という強烈な漢字が付いている。特に徳の名がある場合、一番良い漢字の代わりに、自分の人生は生きられない。人の為に生きる人生だ」

そこで、名前を変えるようにも薦められた。私のその時の心では、重すぎる名前なんだそうだ。村神のりこ、いや村髪徳子かな、と。

「イヤです。この名前は1字も変えたくありません」

そのときばかりはきっぱり言った。名前を変えるなんてまっぴらだ。ご先祖様からもらったありがたい名前は人として生まれた最初のプレゼント。贈り物を違うのにしてくれなんて言う罰当たりな人間になりたくない。

「それなら、

あなたは神並みに突き抜けるしかない。全員に好かれようとするな!」

ぴしゃりと言われた。

「キリストも日蓮も殺されてから始まった」と。残酷な話だ。

お守りにヒスイの勾玉をくれた。

これで殺される難を逃れた、と思うしかない。

 

だが、名前というのは最も重い十字架だ。名前で呼ばれる限り、それが自慢でもありコンプレックスになることもある。

親戚の叔父が「上月千翼」という名前。本名だ。

ただのサラリーマンだったが、名刺をおいていくと、タカラジェンヌと間違われたという。すぐ脂ぎった男性部長から連絡がきたそうだ。

しかしいいこともあった。彼はさほどカッコよくないが、モテたそうだ。名前のおかげだろう。女子もギャップ萌えに弱い近現代だから。

 

話は戻して、霊能者の話。

随分壮大な話になるが、世の中を引っ張る側になりきらないと、中途半端に淡い人気だけにぶらさがっていたらいい作品もひらめきも世に出ないということだ。それで大きく人生の舵取りが変わった。思い切り、何でも思いっきり自分自身の創造を謳歌することだ。

ただし、人を傷つけるでなく、自分の思うが如くペンを動かす。それでいいと今は思っている。そうしたら、別の依頼も、音楽制作など別分野も活躍できるようになった。ストレスが無い分、いつまでもどこまでも書ける。

 

そして、「思い切り生きる!」は私の信念でもある。

本にサインする際は必ず書いている。

人生など短い。あれこれためらっていたら、日が暮れて次の日になってしまう。

思い切り、今の人生に自分を残していくことだ。書くことは残る。

それが生きて行く糧であり、自分の文化財産だ。

 

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