年下上司の早すぎる急逝から生まれた 総合保険代理店の今

年下上司の早すぎる急逝から生まれた 総合保険代理店の今

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語り:石川 万汰郎 (グローバルアイディアル株式会社

プロフィール
1960年 香川県生まれ。パティシエ、企業変革コンサルタントを経て2003年 外資系生命保険会社入社後、MDRT(Million Dollar Round Table)を4年連続取得。2009年 グローバルアイディアル株式会社 代表執行役員、2015年 取締役就任。総合保険代理店として、生命保険・損害保険37社の保険商品を取り扱う。1年かけて体重77kgから69kgへの減量に成功した「ジェットコースター人生の進化系保険営業マン」。中1の息子から、腹筋が6パックになってきてるよ、と言われ秘かに喜んでいる

 

「実は、末期ガンなんだ」

その言葉は、まさに青天の霹靂だった。

2008年、総合保険代理店として新たなスタートを切り、順風満帆に仕事をこなしていた石川氏は、東京・新橋の居酒屋に、かつての上司に呼びつけられて、化粧室付近の通路で耳打ちされた。

 

この言葉の主は、故・垣花 元(かきはなはじめ)氏。

2003年、43歳にして外資系生命保険会社に入社した石川氏のファシリテーター(指導員)だった人物だ。

約30人の同期とともにトレーニングを受け、保険営業を担当するも、お客様を紹介してもらうための言葉を絞り出せない……。

一種のメンタルブロック状態で、石川氏の営業成績は同期の中でも最低クラスだった。

 

「万ちゃんならできる!!!」

大きな赤文字でのメールで励ましの言葉を送り続けてくれたのが、垣花氏。

8歳年下の上司である垣花氏は、石川氏を下の名前で「万ちゃん」、石川氏は垣花氏のことを同じく「げんちゃん」と呼び合う関係になっていた。

 

やがて石川氏は「絶対に諦めない」という言葉を信条に努力を重ね、一握りの優秀な営業マンしか取得できないMDRTを4回連続取得するまでになっていった。

 

自宅にも招かれ、公私ともに親交を深めていった二人。石川氏の結婚式には、生ギターで「Stand by Me」を歌い、祝福してくれた垣花氏。同じ会社で働く仲間として、未来は永遠に続くかに思われた。

 

しかし、入社後、3年が経った2006年、二人が勤める会社は日本での直販部門を廃止するという決定を下す。販売ができないということは、営業マンは皆、解雇されることを意味していた。

 

垣花氏はその後、この保険会社の研修システムである「ワンカードシステム」という指導法の日本での権利を手にしていた。

だからだろう。「俺は全員を見届けるまで残るから」と、営業マン全員の再就職先を見届けるまでは会社に残った。

一方の石川氏は、お客様を生涯サポートするという信念を持つようになっていた。そのためには、解雇された会社の商品をサポートできる総合保険代理店に入るしか道はなかった。

 

奇しくも石川氏は、ワンカードシステムの世界的コンサルタントであるアルバシュタイン氏が来日した際、ワンカードシステム実行の実績から「君の成功は間違いない」と太鼓判を押されていた。

垣花 元氏、アルバシュタイン氏と

 

ここでも氏と石川氏の人生は不思議なまでにリンクしていたと言えるだろう。

 

結局、石川氏は総合保険代理店の門を叩いた。そしてお客様を生涯サポートするという信念を実現するため、担当承継システムを作ることを決めた。

仮に担当者が辞めても、お客様のサポートをしっかり継続するためにスタッフ間の情報共有を徹底する。

そうした信念が揺るぎないものになっていった矢先に告げられたのが、冒頭の言葉だった。

 

末期ガンに冒された垣花氏は、程なくしてこの世を去った。

石川氏に保険営業を、生きるための力を与えてくれた年下上司はもういない。

この時、石川氏は突然、40度の高熱が出たという。喪失感からもう仕事などしたくないと思った時、高熱で動けなくなった。

同じく、かつての同僚数名がガンで亡くなるという数奇な出来事も待っていた。

 

だが、石川氏はこう語る。

「元ちゃんから受け継いだのは魂。その魂がある限り、自分は恩を返していきたい。確かに元ちゃんはもういないけれど、恩というものは巡り巡っていろいろな人に返すこと。これから先に出会う人たちに誠意を持って接することが、元ちゃんへの恩返しになる」。

 

多くの保険商品を取り扱う代理店として、石川氏は垣花氏の魂を確かに受け継いで、生きていくだろう。

 

石川万汰郎 ホームページ

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